内心 今日は 更新不可と
密かに 思ったりした ゆり太です。。
今日は 健康診断で
バリウムを飲まされ
帰りは 吐き気を
催しながら 運転
なんとか 戻って来れました・・
今日も そこはかとなく
どうでも良いこと 書いて行きますので
どうか最後まで お付き合い下さいな。。
親の夢
昨日 子供時代の 習い事についての
エピソードを お伝えしました。
書きながら そして 今日も
モヤモヤと 霧のような
スッキリ??しない?
気持ちが 残りました。
その 晴れない気持ちの正体は
一体 何なのか・・?!
そもそも
私が お琴を習うことに なった
原因
(通常 この場合は きっかけと使いますが・・)
と 言うのが
母自身が お琴を 習ってみたかったから
かつて 自分が 叶えられなかった夢を
子供に託す・・って
まあまあ 聞く話ではあります。
なので ウチの母の そう言った思いが
スゴク珍しいかったワケでは
なさそうだし
世の中にも 一定数 そのように
お子さんを導く ご両親もおられるので
それ自体を 否定しようとか
そう言う事では ありません。
ただ・・
子供の立場からすると じゃぁ
どうして 自分(親本人)が
やらないの??って
素直に 疑問だったんです。
親本人が育った 家庭の経済状況など
様々な 事情が あったにせよ
自分が やりたいことであったなら
例え いくつになっても
子供を 身代わりにするよりも
親 自身が
トライする選択肢だって
あるのにな・・って
母に 対して思ったのです。
お金と時間の対価
子育てや 家の事
家庭を持ち 仕事もやっていたりすれば
そんな 余裕など無い。
その分の お金も時間も 出来得る限り
我が子に かけたい・・
きっと ウチの母も 基本的には
この考えが ベースに
あったのかも知れません。
ただ ものすごく 方向性が
歪んで いただけで
兄や私に
自分の お金と時間を 使っていたのは
事実では ありました。
そして 子供って
本当に 健気です。
そうした 親の期待とか 意気込みに
懸命に 応えようとするのです。
中には 初めは 本意で無かったけれど
そこに 子供本人も のめり込み
本気で 夢中になる 場合も
あるとは 思いますが
少なくとも
私はそのタイプでは ありませんでした。
母 本人の意図も
昨日 お伝えしたように
本来の 子育てのベースから
かなり 乖離が起き
母のお金や 時間を使う
対価として
私と兄は 常に
母に喜びや 感動を与え続けなければ
なりませんでした・・
両親の大喧嘩
お琴なんて 死ぬほどつまらない
周りは 年寄りばかりで
退屈で 大っ嫌い。
なので
「もう やりたくない」
「やめたい」
もちろん その事を
度々 母に 言ってました。
けれども
「余裕がなくても こんな 習い事をさせて貰ってるのに」
「その ありがたみが 分からないの?」
母にとって 自分がやりたかったハズの
お琴を 習わせて貰っている 私は
とても 羨ましく 幸せに
違いないと 信じて 疑うことなど無いのだ。
この ことこそが
とんでもない 思い込みで
それが故 どんなに 私が 懇願しても
「母にとっての幸せな環境」から
抜け出す事は 絶対に
許されなかったのです。
時に 泣きながら
「やめたい」と 伝える私を
側で 聞いていた父が 見かね
「もう ゆり太の好きに させてやれよ」
そうした 父の言葉も
母の 怒りに 燃料を投下する結果となり
そこから 激しい 両親の言い争いに発展。
怒鳴り合う声
喚き散らし
泣き出す母
両親のそんな状況を
見ていたのは 私だけでは無い。
兄も 傍らで どうすることも出来ずに
この 時間が過ぎ去るのを
待つことしか出来ずにいた。
トラブルの原因
「ゆり太のせいだからな!!」
兄が 私の隣で そう言った。
その目は 私を 睨んでいた。
昨日も お伝えした通り
兄は とても 剣道を頑張っていたし
それをキチンと 結果として示していた。
私の中で 兄が負ける姿を
見た 記憶は 無い。
強くなることで 兄は自分の役割を
ちゃんと果たしていた。
兄と 同じく幼稚園に入ってすぐに
私は 週2回 お琴に通っていたけど
漢数字で書かれた 楽譜も
いつまでも 読めるようにならないし
習ったことも スグに忘れてしまう
だから 稽古に通っても 忘れた所を
思い出すところから 始まるので
ちっとも 進まず
年数だけが ひたすら費やされていたのだった。
きちんと 子供としての 役割を果たしている
兄からすると
両親のトラブルの原因を作った
私の やる気の無さが
許せなかったのだろう・・
このことを もしかしたら
兄は もう 覚えてなど いないかも知れないけど
私は 兄に言われた 言葉が
悲しかったし
兄に悪いなと 思ったし
それに やっぱり
自分のせいだと 思った。
全部 自分のせい
私が お琴をやめたいと 言ったせいで
両親が 大喧嘩する羽目になり
兄にも 居心地の悪い思いを させてしまった。
だから そこから 母に数ヶ月にわたり
口を聞いて貰えなくなっても
私が いけなかったんだと
私が お琴を頑張らなかったから
こうして 家族をイヤな気持ちに
させてしまっているのだと
当時は 本気で そう 思っていました。
だけど 私は そこから
どんなに頑張っても
ちっとも お琴が上手くならなかったし
好きにもなれなかったし
兄のように 母を喜ばすことは
結果として ありませんでした。
子供のために 親として
自分を犠牲にし 我慢するのが
理想的な姿に つい 見られがちですが
本当に そうなのかな・・??
当時 私ではなく
母本人が 自分の1番やりたかった
お琴をやってたら
母自身も 自己犠牲の暗示にかかることなく
有意義な時間を
持てたのでは ないのか??
それで 母がいつも
楽しそうにしてくれてたら・・
私も 兄も
安心して 子供らしく いられたのかな??
今日も ここまで お読み頂きまして ありがとうございました。。
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