
実は 雑誌に載ったことがある
ゆり太です。。
まだ ネットも それほど
普及していなかった 時代
紙の媒体は 最も身近で
世の中の 中心でもあり
「雑誌に取り上げられる」ことは
一定の 影響力を持ち
ある種 名誉であると
言えたのかも知れません。
今日はそんなこと書いていきますので
どうか最後まで お付き合い下さいな。。
マイナーな業界誌 「T」
もったい付けても しょうもないネタなので
初めから そのまま 言いますと
新人美容師向けの
「T」(仮称)と言う雑誌に
インターン時代(20歳)に
全身1ページ掲載されました。
私が通っていた 美容学校では
この雑誌「T」を
毎月 勝手に購入させられており
紙質も硬めで 大きさも
スケッチブックよりバカデカく
持ち帰るのも だいぶ面倒でした。
内容としては
新人美容師
あるあるの悩みや
有名店の 超売れっ子スタイリストが
毎回登場し
自身の学生時代や
アシスタント時代の
失敗談などを 振り返りつつ
今 悩み多き 若い美容師達に
エールを送る・・的な
そんな感じの コアな業界誌なので
一般の方は まず
手にする事が無い雑誌・・
けれども そのような
マイナー雑誌にでも
掲載されたとなると
大騒ぎする人間がおりまして・・
私の 母です・・
私なんて ゴミみたいな なんの価値もない娘
なんじゃ無かったのか??
母は ここぞとばかりに シャシャリ出て
大量に雑誌を注文
親戚中に配り
ついでに 近所の人にまで
大量配布!!
(ちなみにですね この雑誌は確か 1冊千円ちょっとはしたと思います)
(非常に ムダなお金の使い方です)
(あんな クソバカでかい 雑誌など貰っても 戸惑います)
(しかも よその娘の マジでどうでもイイ情報)
美容師を目指す ポテンシャル
美容学校を卒業後
まず初めに就職したのが
横浜市内に3店舗ほど展開する
夫婦がオーナーを務める
個人店
このサロンは 美容学校時代
サロン実習の期間に
学校から指定され
1週間ほど
実習に来た事があるサロンでした。
私の 通っていた
美容学校は
比較的 地方出身者が多く
都内の有名サロンに憧れて
上京してきている子が
とても多かったのです。
実習先は 自宅に近いエリアで
提携しているサロンを
学校側が決め 生徒を派遣していました。
なので 私のように
実習先に就職する子は
それほど 多くは無かったと思います。
私は 大学進学を断念し
親に 看護学校か 美容学校
(いわゆる手に職系)
どちらかなら
学費を出してやると言われ
自分が 採血されるのも
悲鳴を上げたくなるような私が
他人様の血など
見れるハズも無く・・
かと言って
超氷河期時代に
高卒での就職も厳しく
泣く泣く 美容学校を
選択するしかありませんでした・・
そもそも 美容師の仕事に対する
憧れとか
目標や展望など
地方から上京してきている子たちの
ソレとは 全く比べものにならない
私の中の 美容師に対する
ポテンシャル そのものが
相当 低かったと思います。
他の学生たちの多くは
みんな 都内の
有名店に就職しましたが
私は 単純に働いて お金が貰えたら
それで 別に構わなかったのでした。
オーナー夫妻
就職先の オーナー夫妻は
それぞれ かなり個性的な お2人でした。
(控えめに言ってます)
特に ご主人の男性オーナーは
当時40代半ば くらいだったのですが
自分の名前も
サロン名に含めていたくらい
自分大好きな・・
オレってサイコー志向の
お人柄。
奥様は とにかく緻密
仕事面は もちろんですが
全ての事柄において
潔癖で ものすごく細かい人で
このお方にお仕えし
とても 神経をすり減らす日々を
私は送っていたのでした。
今思えば ご主人の方は
なかなか笑えるキャラだなと
思えますが
当時は このオッサン アタマ大丈夫か??と
思ってしまいがちな
まだ 若干ハタチの若い私。
テレビ東京の番組で
「ガイアの夜明け」とか
「ソロモン流」とか
「カンブリア宮殿」とかを
ご存知でしょうか??
いわゆる 企業や
業界のヤリ手社長や
ビジネスの立て直しに
成功したスゴ腕起業家
などなど 成功者達が
語る独特な言葉には
説得力があり
私も タイミングが合えば
たまに見たりしています
この手の番組で
ピクリと来たワードを
すぐにミーティングや
お客様との会話に
ネジ込んで来るこの
オッサン・・いえ、
ご主人なのでした。
この ご主人の キメ台詞は
「我々は 常に
ニュートラルでなければ
ならない」
あの・・おそらく・・
いや・・絶対
テレビ東京の番組の
どれかで ヤリ手社長や
スゴ腕起業家の
どなたかが おっしゃっていた
お言葉なんですよ・・
(まちがいなく)
この オッサン 「ニュートラル」の意味
分かってんのかな??
狙って言ってる時点で
もう既に
ニュートラルじゃないような・・??
まだ 年若い当時の 私には
この オッサンの暑苦しさが
たまらなく
鬱陶しかったのだ。
マジでむかつく記者
ご主人オーナーが
→鬱陶しいオッサンに
すっかり変わっていたある日
私が在籍する店舗に
あの 雑誌『T』の記者が訪れ
当時 3店舗の中で
唯一のインターン生だった私が
取り上げられることになったのだ。
見た感じ 30代前半??くらいの
銀縁の眼鏡をかけ 線が細く
髪型はちょっと長め・・
耳が隠れる位の 男性記者。
当時大人気だった
キムタクや 江口洋介さんのような
清潔感あるサラサラの
ロン毛と 言うよりも
ボサボサしたクセ毛で
なんとなく伸びきってしまい
そうなっている・・と
言った感じ。
そんな見た目に ぱっと見
おとなしそうな
印象を受けたのだが
この記者は とてつもなく
イヤな野郎だった。
営業時間外に
客の待合スペースで
「宜しくお願いします」と
挨拶を交わすと
ひょうひょうとした口調で
「いや・・僕ね ここに 本当は来る予定とか無かったんで・・」
んんん??
なんだ?コイツ?いきなり・・
まだ 若い私は
遠慮無く 怪訝な顔を向けた。
ハナから悪びれること無く
この記者は
尚も 続ける・・
「ここの オーナー??の方??
その人がしつこく
取材に来るようゆうんでね
なんてゆうか・・
仕方なくみたいな 感じなんだよね」
テメェ 帰れや・・
すみません・・
まだね この頃は・・
私も 血気盛んって
ゆうんでしょうかね??
つい 表情とか
口調に出てしまいがちな
お年頃でしたが
この時は 心の中で
何とか押し留められました。
店の手前 素直に?
取材に応じようとはしていましたが
そもそも この美容師と言う
仕事に対する
熱意があまり無い私から
大した熱量が 感じられない上
この 記者すら
この場にいる時間がムダだと
言っている・・
幾つかの質問に答え
店の外の公園で
写真を撮影するとのこと。
真冬の公園で
凍える心配を するまでもなく
ソッコー写真も撮り終え
「原稿出来たら
内容確認
お願いしますね・・」
そう言って とっとと 帰って行った。
暑苦しいオーナーが
この失礼な記者の言葉を
聞いたら どう思うだろう??
まぁ・・別に いっか
あること ないこと
まあ 別に良くなかった!!
原稿出来たら
内容確認することに
なっていたハズが
なんのチェックも 出来ないまま
そのまま 発行され
出来上がった雑誌が
店に 一方的に
送り付けられたのだ。
ページを確認すると・・
・プロフィール 横浜市生まれ
・今までで最も大きな失敗談 酸性カラーをお客様の目にハネさせたこと
・最近見た映画 映画館はオタクっぽい人が多いので ほぼ行かない
・今 1番気になっていること 消費税値上げ
まだ まだ色々と続く・・
あの・・
悪意を感じるんですよ??
映画なんか 仕事が忙しくって
その当時 随分 長いこと
見に行けてなかったんです。
そう 言ったのに
なんか意味不明なこと
書いてあるし
しかも 消費税値上げなんてね
やっとハタチになったばかりの私が
そんなこと
1番気になってるって どゆこと?!
(お客様の目にカラー飛ばしたのは本当・・)
当時の雑誌って
現在のSNSと同等な??
位置づけだったところが
あったと思います。
なので 美容学校同期の子とかに
国家試験で 会った時
もう みんなに
「『T』 見たよ!!」ってね・・
もう あることないこと
テキトーに 書かれたものが
自分の知らないところで
みんなに読まれている・・
本当 その時 ものすごく
恐いなって感じました。
つい この前も
SNSでの 自分のあり方
とらえられ方に
思い悩む 投稿をしましたが
書くことって
本当に人の人生を 変える事も
有り得るんだろうなって 思います。
伝え方と 伝わり方は
必ずしも一致しないのが 文章の
とても 難しいところ・・
扱う内容が
ネガティブであるほど
読み手に 与える影響も
相当 考える必要がありますよね・・
あれ?? ふざけた投稿なのに
なんだか 最後
普通に真面目なことを
書いてしまいました・・笑
今日も ここまで お読み頂きまして ありがとうございました。。



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