昨日 出生前診断(以降NIPT)についての 投稿をしました。
とても デリケートなテーマなので 記事に書くかどうか 前々から 迷っていましたが
長男ぱる太に続き 次女にも生まれつき眼球の異常があったことを つい最近知り
私の立場だからこそ 何か伝えられる部分もあるんじゃ無いかと思い
書いてみることに しました。
どうか 最後まで お付き合い下さいな。。
検査を 受けるかどうか
次女の妊娠が分かり NIPTについて 担当のドクターから聞き
病院から帰って 夫にも話しました。
夫は 高額な検査費用を払っても良いから 是非 受けて欲しいと言いました。
当時 まだ ぱる太に診断名はついて 居なかったものの 夫の親族に障害を持つ方が居たのと
何より 私自身出産する頃には41歳になろうとしていた。
高齢出産は 染色体異常の確率も高まる事などから 検査を受けることにしたのです。
カウンセリング
検査を受けるにあたって 夫婦そろってカウンセリング受ける 必要がありました。
前の記事でも 書いているのですが この検査は 赤ちゃんの染色体異常の有無しか 分からないので
その他の異常や 生まれてからの障害などは 特定出来ないものの
妊娠中の数ある不安を 1つでも減らせるのであればと 思い 私はこのカウンセリングの前に
自分なりに 染色体異常について ネットで調べて行きました。
染色体異常で 最も広く認知されているのが
21番目染色体の異常におこる 「ダウン症」かも知れません。
その他の 染色体の異常の種類や 症状などについては割愛させて 頂きますが
ダウン症の他にも 様々な種類の 染色体異常があり
その種類によって出現する症状や合併症 妊娠ごとの割合
染色体異常によっては 妊娠の継続が困難になり 途中で流産や死産になるケースもある。
奇跡的に出産することが出来ても 赤ちゃんの生存率や 予後など
カウンセリングでは そういった詳細な 説明を受け その上で 検査を希望するかを問われました。
夫との温度差
カウンセリングを 受けるにあたって事前に 自分なりに 染色体異常についての
情報収集をしていた 私に対し
夫は 形式上着いて行かないと 検査が受けられないから・・と 言った スタンスで
今思えば この時 既にクズ夫だった。
問診票で 夫の親族の障害の事を記入してたので
先生が「どのような関係性で(何親等にあたる人) 障害の重さなど 詳しく教えて下さい」と
夫に尋ねても 「さあ・・詳しくは ちょっと・・」 そんな調子だったばかりか
問診票に余計なことを書いた 私に イライラしている様子だった。
親族に障害者がいることを 他人に知られたくないのかも知れない
けれど 検査をするのであれば
できるだけ沢山の 情報を提供されれば より 正確な判定をしやすいから 先生も聞いてるのだ。
この時 既に 夫の中では お腹の赤ちゃんに 異常があった場合 妊娠を継続させない方針だったのだと思う。
カウンセリング後 私は 採血のため 検査室に行き その日は そのまま帰れた。
周囲の反応
当時 ぱる太の幼稚園のママ友で ちょうど私と同い年で予定日も 近いママが居て
彼女も NIPTを希望して居たけれど 受けられる病院が無かったため
検診先の病院で
『羊水検査』を受け
「とてもツラかった、NIPTが受けれたなら そっちの方が良かった」と
彼女も 話していた。
ところが この話を聞いていた 別なママ友の言葉に戸惑った。
「え?それは 産む前に赤ちゃんの 状態を知っておく為に・・ なんだよね??」
このママ友が どんな意図があったのかは 確認していないけれど
「障害があっても産むんだよね??」
そう言う事を 言っているらしかった。 その他にも
「どのような子供で
あったとしても それを受け入れ 育てるのが当然だと思った」
そんな言葉を聞いたとき 何か自分たちは 間違ったことでもしているのかな??
罪悪感のような そんな 気持ちに見舞われて 検査を受けること自体が 「悪」みたいに
言われているようだった。
検査結果
カウンセリングには夫婦そろって来ることが 義務づけられて居たけれど
検査結果を聞きに来るときは どちらかひとりでも 良かった。 なので 当然 夫は仕事に行った。
2、3週間後 結果を聞きに ひとり 都内の大学病院に電車で 向かう途中
とても 不安になった。 もしお腹の子に 異常があった場合
夫は初めから 中絶する為の検査と捉えていたのに対し
私には 選択肢が生まれていたのだった。
ひとつは 夫の考えと同じで 異常があった場合 中絶すること
もうひとつは カウンセリングでのドクターの説明にあったように
赤ちゃん自身が 流産や死産をしてしまう結果になるまで 妊娠を継続すること
そしてもうひとつは 異常があったとしても 無事に生まれてくれることだった。
それらの選択肢の中で 私は悩んでいた。
電車の中で 「こんな検査 受けるんじゃなかった」と 何度も後悔し 泣きそうになった。
電車をおりて 病院まで歩く途中 私はある決断をしていた。
夫は 反対するだろうけれど 私には やっぱり中絶は無理だと思った。
例のママ友に 言われた言葉は全く無視している。
誰かに言われたからでなく
自分の中に その答えしか選べない 自分が居るからだった。
幸いにも 次女に異常は無く 無事に出産できました。
本人の気持ちを尊重出来る 社会へ
このテーマは 非常に重たい意味があると思います。
夫のように 異常があれば中絶する事を前提で 検査を受ける人が居る事を 私は否定しません。
そもそも 周りが 否定すべき事では 無いんじゃないかな・・と 思います。
中絶することに なんの抵抗がない人など 居ないと思いますし
その後もその選択が
正しかったのかどうかを 問い続ける人も多く居ます。
私の様に ギリギリまで 決断出来ずに パートナーとの意見に違いがあることで
悩む人も居ます。
検査を受けた 私ですが 長男は自閉症スペクトラム(ASD,ADHD)の発達障害を持って生まれ
次女も 左目の眼球の形が 生まれながらに異常があり 弱視です。
どちらも 出産後 ある程度の年月が経過しないと 分からない 障害でした。
染色体異常で 生まれたお子さんとは 違った形ではありますが
確かに障害を持って生まれてきた 子供を受け入れるのには とても多くの時間が必要でしたし
2人の子供が成長した 現在でも まだ 受け入れきれて居ない 自分が居ます。
人として、親として、それってどうなの??って 自分で自分を思うこともあります。
障害のある子供を 育てるのは とても大変です。
だから障害者の親になれて良かったとは まだ 私には 思う事が難しいです。
ただ 今 自分は不幸なのか?と、聞かれたら それは おそらく 違うと思います。
検査を受けても 受けなくても
私の場合は このような 形になりましたが
検査そのものを 否定したり その結果について ご本人が選択する事を
ご家族でもない 周りの人間が ジャッジする流れが あるように感じます。
1番大切なのは ご本人とご家族の気持ちである事を 理解できる 社会であって欲しいと思い
今回 このような テーマで 書かせて頂きました。
様々な ご意見や お考えが あると思います。
ただ 実際に その決断を迫られる立場に 立たされた当時の 自分を振り返ると
この 検査の 表裏一体であるが故の 良い部分 悪い部分 その選別作業をする工程で
とても 悩みました。 悩む人の数と同じく それに対する答えもあるのです。
その答えが 最良である事とを 願います。
アイキャッチ画像:Gerd AltmannによるPixabayからの画像
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